今や、この言葉を知らない人はあまり、いないだろう。
長野大の大野晃教授が1990年代に名付けたもので、「集落の半数超が65歳以上で、社会的共同生活の維持が困難な状況にある集落」を云います。
でも、本当にそうなのだろうか。新潟県の山間の集落でも、多くの限界集落は、実際に存在している。
例えば、新潟県、上越市。その山間に名木山と言う集落があります。
ここは、数年前70歳のおばあちゃん一人になりました。でも、この女性は、山を離れようとは、しない。そして、畑、草刈をして暮らしている。このおばあちゃん曰く、「毎日が普通で、健康であればいい。いいことなんてなくてもいいこてね。」と
この間、bSのテレビで、ヨーロッパの小さな町が映し出されていました。そこには、80を過ぎた、おじいさんとおばあさんが二人で、暮らしており、畑を耕し、鶏を飼い、それで、殆ど自給自足のような生活をしていました。
とても、当たり前のように暮らしていました。
こんな生活は、普通でないのだろうか。暮らしていけるかどうかは、その個人の生活と、暮らし方にあるのではないだろうか。
日本人は、何が幸せなのか、わかっていないのでは?
人と比較するのではなく、自分の行き方を探せばよいのではないだろうか。
政府の在りようが問われているような気がしてならない。
海外のそうした限界集落といわれるところを今一度、見て来たいと思った。そうすれば今まで見えていなかった事が見えてくるように思えた。