2014年5月13日


前回のブログでも載せましたが、連休に山菜取りに阿賀野市に行ってきました。

その帰り道、家の庭にすごいきれいな花が咲いていました。芝桜とチュウリップです。ものすごくあでやかで!思わず車を止めました。DSC_0635

きれいに花壇に植えられていて、手入れが行き届いていて、すごい!です。

ご不在みたいで、物音がしませんでしたが、無断で撮らせていただきました。ありがとうございました。心が洗われた思いでした。帰りの車の中では、ルンルン気分でした。

ほんの少しの良いことがあると人ってさわやかになるもんなんですね。すごく得した気分でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2009年8月31日


総選挙が、昨日行われ、民主党の圧勝に終わりました。

前回の総選挙を思い起こさせる結果となりました。

「郵政民営化」と「政権交代」この文字が変わっただけのような気がしました。

それにしても、自民党は、解党的敗北で、これからが、大変です。他方、民主党も、マニフェストを実行に移し、結果を出さなければなりません。

どちらも、これからです。

そして、私たちは、これからもっと、きちんとした眼で、凝視して、見て行かなければなりません。この結果を出した、張本人として。

2009年5月23日


この字は、こうざし城と読みます。

今、NHKの大河ドラマ”天地人”の主人公、直江兼続が領主上杉景勝と越後から会津へ移った時、鶴ヶ城ではなく、新しい城を築くべく建てる予定の城の名前です。

鶴ヶ城の北西約4キロ、越後街道沿いのそばに位置しています。

先日、友人と旅行に行き、この地を見てきました。

今は、”高瀬の大けや木”と呼ばれる大きなケヤキの木が小高い丘の上にどっしりと構えているだけです。周りに桜の木が植えられ、春には満開の桜の下で好い憩の場所となっているようです。

平地の真ん中にあり、広く会津盆地を見回すことが出来ます。心地よい風が吹いてくるとても清々しいところです。

400年前、直江兼続と石田三成がこの地に立って、城を築き始めたかと思うと、とても、何ともいえない気分になりました。

もし、完成していれば、166,386坪(55ヘクタール)、今の鶴ヶ城の約2倍の大きさだそうです。

この城の築城が、徳川家康の反感をかい、後の直江状となって行きます。

この後、関が原の戦いで、上杉軍は、敗れ、米沢へ移らされてしまいます。わずか、2年ほどしか会津にはいませんでしたが、この”神指城”の響きはとても、胸に残ります。

そして会津120万石にふさわしい城を築こうとした、武将、直江兼続と言う人間をもう少し、深堀りしたくなりました。

皆さんも、一度機会がありましたら、出かけてみてください。

2009年4月3日


今や、この言葉を知らない人はあまり、いないだろう。

長野大の大野晃教授が1990年代に名付けたもので、「集落の半数超が65歳以上で、社会的共同生活の維持が困難な状況にある集落」を云います。

でも、本当にそうなのだろうか。新潟県の山間の集落でも、多くの限界集落は、実際に存在している。

例えば、新潟県、上越市。その山間に名木山と言う集落があります。

ここは、数年前70歳のおばあちゃん一人になりました。でも、この女性は、山を離れようとは、しない。そして、畑、草刈をして暮らしている。このおばあちゃん曰く、「毎日が普通で、健康であればいい。いいことなんてなくてもいいこてね。」と

この間、bSのテレビで、ヨーロッパの小さな町が映し出されていました。そこには、80を過ぎた、おじいさんとおばあさんが二人で、暮らしており、畑を耕し、鶏を飼い、それで、殆ど自給自足のような生活をしていました。

とても、当たり前のように暮らしていました。

こんな生活は、普通でないのだろうか。暮らしていけるかどうかは、その個人の生活と、暮らし方にあるのではないだろうか。

日本人は、何が幸せなのか、わかっていないのでは?

人と比較するのではなく、自分の行き方を探せばよいのではないだろうか。

政府の在りようが問われているような気がしてならない。

海外のそうした限界集落といわれるところを今一度、見て来たいと思った。そうすれば今まで見えていなかった事が見えてくるように思えた。